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2012.07.29

東海道五十三次を走る 激走!箱根越え

いよいよ、箱根越えです。

箱根の山は天下の剣、、であってますか?

今では立派な国道で、気持ち良いワインディングロードを
登っていく箱根ですが、旧東海道のそれは
石畳の狭く、細く、そして急な坂道の連続なのです。

では、いろんな坂の写真とか、ずらずらっと、、、。

山根橋 東海道五十三次


山根橋

途中、小さい橋がいくつもあるのですが、長い歴史の中で
流されていたり、朽ち果てているものが多いようで
新しい橋になっているのが多いようです。

猿滑坂 東海道五十三次

猿滑坂

新編相模国風土記稿には、
「殊に危険、猿滑といえども、
たやすく登り得ず、よりて名とす」

と難所らしい坂の名の由来が載っています。
県道の横断歩道橋がかかるあたりが
当時の坂だった。


石畳歩道についての表示板

この石畳は旧東海道(江戸時代1680年)の歴史的な街道に
沿った歩道です。
旧東海道は関東大震災(1923)及び北伊豆地震(1930)等
度重なる災害により大半は崩壊、埋没しましたが、残された一部の
石畳を再現し、自然歩道として神奈川県が整備したものです。
BY神奈川県。


追込坂 東海道五十三次


追込坂

新編相模国風土記稿にはのふりがな(万葉がな)をみると、
フッコミ坂といったのかもしれません。
甘酒茶屋までのゆるい坂道の名


親鸞上人と笈ノ平 東海道五十三次

親鸞上人と笈ノ平

東国の教化を終えての帰路、四人の弟子と上人が険しい箱根路を登って
この地にきたとき、上人は弟子の性信房と蓮位房に向かい

「師弟打ち連れて上洛した後は、たれが東国の門徒を導くのか心配で
あるから、御房がこれから立ち戻って教化してもらいたい」

と頼み、師弟の悲しい別れをした場所と伝えられている。

甘酒茶屋 東海道五十三次


大正時代の甘酒茶屋 東海道五十三次

甘酒茶屋

無料の休憩所。
箱根地域には甘酒茶屋が9箇所あったが、明治13年 国道1号線の開通などから
街道を歩く人々が減少して、現在ではここに1軒残るのみとなっている。

中には囲炉裏があって、ちゃんと火が燃えていた。
甘酒は嫌いなので、買いません。
1杯400円だとさ。

大正時代の甘酒茶屋 東海道五十三次


猪注意
小田原では、鹿注意。
箱根では、猪注意。
さて次は?


権現坂 東海道五十三次

権現坂

小田原から箱根路をのぼる旅人が、いくつかの急所難所をあえいで
たどりつき、一息つくのがこの場所だった。
目前に芦ノ湖を展望し、箱根山に来たという旅の実感が
体に伝わってくるところだ。

が、私が来たこの日は雨と霧でまったく展望はひらけず
芦ノ湖は見えなかった。

ケンペルとバーニー 東海道五十三次

ケンペルとバーニー

箱根の自然を愛し、世界へ紹介したという功績を
讃えた記念碑です。

箱根旧街道 杉並木 東海道五十三次


箱根旧街道 杉並木

杉並木は徳川幕府が旅人に木陰を与えようと道の両側に
植えたもので、東海道では唯一のものである。
第二次世界大戦中、伐採されそうになったこともあったが、
現在では、国指定史跡として保護され、芦ノ湖畔周辺の
四地区に、約420本の杉が残されている。


箱根関所 東海道五十三次

箱根関所

途中にあるアトラクション?を見るにはお金が必要みたいです。
特に何も見る事なく、通行するのみの人は無料です。

麻薬犬などに追いかけられる事無く、無事箱根関所を通過。

犬塚明神 東海道五十三次

犬塚明神

元和4年(1618)箱根宿が創設された時、付近には狼が
たくさんいて、建設中の宿の人々を悩ませていた。
そこで、唐犬2匹を手に入れて、狼を退治させ、やっと宿場が完成した。

しかし2匹の唐犬も傷ついて死んでしまった。
人々は宿場を完成させてくれた2匹の唐犬をここに埋め、
「犬塚明神」と崇めた。

芦川の石仏群 東海道五十三次

芦川の石仏群

箱根旧街道向坂地区の入り口付近には、「芦川の石仏群」
と呼ばれる、数多くの石仏群がある。
もとは芦川集落内の駒形神社境内にあったものを移したと
いわれている。

ここには、箱根で最も古い万治元年(1658)の庚申塚や
江戸時代後期に建てられた多くの巡礼供養塔などがある。


旧箱根宿の西側にあたる芦川の町並みを過ぎると
旧東海道は、箱根峠までの400mにわたって、
急坂が続く。
この坂は順に、「向坂」「赤石坂」「釜石坂」「風越坂」
と呼ばれている。

向坂(むこうさか) 東海道五十三次


向坂(むこうさか)
坂の入り口に石仏群があり、往時の杉並木も石畳も
残っていて、味わい深い坂道である。

赤石坂 東海道五十三次

赤石坂
国道1号線を挟んで両側に石畳と杉並木が残っている。
道を下れば急箱根宿のひとつであった芦川の集落に、
道を上れば相模の国と伊豆の国を分ける箱根峠に達する。

釜石坂 東海道五十三次

釜石坂
この坂道に残る杉並木は、芦ノ湖畔のドンキン地区
吾妻嶽地区、箱根関所付近の新谷町地区と並んで、
箱根旧街道に現存する江戸時代の杉並木。
4つの地区を合わせて、約420本の杉が残っている。

風越坂(かざこしざか) 東海道五十三次

風越坂(かざこしざか)
江戸時代の延宝8年(1680)箱根旧街道に石畳が敷かれた。
当時、石畳が敷かれた場所は、坂道だけで、集落の中や平坦な
場所には、石畳は敷かれなかった。

挟石坂 東海道五十三次

挟石坂

箱根峠にかかる坂。
峠は当時の浮世絵をみると伊豆の国を分ける標柱と
ゴロゴロした石、それに一面の茅しか描かれていない。
まことに荒涼たる厳しい峠であった。

三島宿までは、ここからさらに四里(16km)近く、
こわめし坂、自転坂などの難所が続く。


箱根峠 東海道五十三次


箱根峠 東海道五十三次

次から次へと現れる激しい坂道を攻略し、国道1号線を
何度も横切り、旧東海道を上り続けて、やっと辿り着きました>箱根峠!

しかし、まったくの視界ゼロ。

霧で何も見えません。

道路をわたるのもたいへんですね。
車は時折通りますが、歩きは私一人、しかもこの天候では
車の運転手が、箱根峠を歩いている人がいるなんて
思いもよらないわけです。


さて次回、箱根峠からの下り、三島、そして沼津まで行きます。



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